スペイン・ヴァレンシア国立陶器博物館

SPAIN VALENCIA

 MUSEO NACIONAL DE CERAMICA 
GONZALEZ MARTI

ヴァレンシア国立陶器博物館正面       正面の扉が小生個展会場入り口



この博物館は元伯爵ゴンザレス・マルチ氏の館全部と、
氏が焼き物好きでコレクションしていたものも全部そのまま
寄贈されたのに 後から付け足されて現在の”ヴァレンシア
国立陶器博物館”になったとのこと。近くの町に窯場が
多くあり、日本の名古屋みたいなところです。


ヴァレンシアの人口は約100万人で、気候は九州に似ている。
農業はオレンジ(ヴァレンシアオレンジ)、稲作が有名で、漁業も
盛んである。有名なスペイン料理パエリアの発祥地でもある。

個展準備も含め3ヶ月の滞在で食べ物が美味しかったことが
大変助かった。





博物館一般入場口



14.5世紀頃のスペインの陶器 

ラスター彩の陶器。

今もこの伝統が残って観光客に親しまれている。 




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・以上・博物館・常設展示部分・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以下、小生の個展




ヴァレンシア国立陶器博物館 個展

1989,12,1 〜 1990,1,5

西洋の初のユニークな展覧会

前田 和、仏陀の庭の陶芸家                                    

来る1月5日まで開催される、ゴンザレス・マルチ国立陶芸美術館における日本の陶芸の大家前田和氏の
66の作品は、壁や白い金属性の屏風のようなものの上に、東洋の草木がモチーフとしてあしらわれている。

 これらの作品は、訪れる者に楽園に入り込むかのような、むしろ迷い込むような感覚を引き起こさせる。 

 これにはいろいろな要素がからみあっている。時にはよく知られた植物、例えば小麦や鹿子草、また他の外
来植物が、根全体の上に漂うに浮いており、これらの植物は茎や葉の広がりにそって入念に細工した素材に
彫刻がしてあるので、普通は浮き上がって見える。草のイメージが同じひとつの絵の中でいくつかの板の上に
広がり、見事な構図の背景は、金色、銀色から非常に豪華な、また想像を絶する青・緑あるいは赤といった色
階まである。あまり目にしないマゼンダ色にかこまれたハツカダイコンまでが見事な美しさを持っている。

 しかし、この芸術家が毎日午後説明しているように、一目見たときの印象とは裏腹に、約7つないし9つから
成る細工の工程は非常に複雑である。

 さらに、この前田氏(熊本、1944年)の個展が西洋における初のユニークな展示会ということで話題となっ
ている。氏はかなり若い頃から、多くの日本の建築物、工場、市役所、公共土木事業、はてはお寺まで、又
ニューヨーク(アメリカ)のマンハッタンにあるレストランのために大きなパネルや壁画を完成している。

 日出づる国に7年間住んでいるガンディアのエンジニア、ザビエル・ベルトメウ・ブライの提案と、この美術館
の館長マリア・デ・ラ・パス・ソレール女史の興味のおかげで、この素晴らしい芸術的な催しが実現できた。

 その上この前田氏の展覧会は、エル・エンサンチュのアルカディオ・ブラスコの先般の展覧会と次回のビシュ
ナのディオニシオ・バカスの展覧会へのつなぎとして、ヴァレンシアの長い伝統を持つ、それ自体陶芸の幅広い
展望をさらに豊かにする催しである



厳粛な技法

 前田氏自身、興味を持つ一般大衆に実際陶土で作品を作りながら説明しているように、また2冊の短い短冊に書いているように、前田氏が創作した工程は非常に複雑である。

 この陶芸家は田舎に住み『植物と大地は仏陀が創造した。』という宗教的格言に感銘を受け、両方の要素を用いて創作している。

 前田氏は、葉の美しさ、その広がりや葉脈に心酔しており、非常に柔らかい特殊な粘土に直接植物を押しつけて型をとる。そして時間をかけて入念にピンセットで植物を取り除き、3回の難しい焼成を、毎回違ったグレードでこの工程の一環として行う。

 これらの焼成の間に、彩りとその濃淡をうまく混ぜ合わせた釉薬をかけて新たな生命を吹き込み、葉、草、それに小さな木の過去と未来の性質をある程度朽ちさせずに残しておく。

 多神論(創作者の必要不可欠の部分としての神格化した世界)と植物の人格化(これにより植物が人格化される)の間を動きながら、特にこの植物相の人格化について、この芸術家が最初の経験を語るとき、かれの言葉が大きな意味をもつ。

 『私にとって、植物は皆それぞれ生命を持っている。つまり、根は動物の口に似ており、葉は手足の如し。幹は脊柱のごとく、花は性器の如し』
 
 
枠から抜け出て屏風のくぼみに入り込む如く、繊細で華麗な植物の世界で見られるもの、しかしながら、こ
れは美術館での(完成された作品のもつ)性質である。(おそらく彼の)最初の経験は、それぞれの作品を精
巧に仕上げて行くうちに常に新しくなってきたものにちがいない。

 前田氏の高尚さ、感性、それに静穏といったものには、著しい謙遜の念が加わっている。

 『非常に古い時代から、日本は中国やスペインといった国から大きな影響を受け、我々はこういった国々か
ら美に関して多くのことを学んだ。』
 
 枠から抜け出て屏風のくぼみに入り込む如く、繊細で華麗な植物の世界で見られるもの、しかしながら、こ
れは美術館での(完成された作品のもつ)性質である。(おそらく彼の)最初の経験は、それぞれの作品を精
巧に仕上げて行くうちに常に新しくなってきたものにちがいない。

 前田氏の高尚さ、感性、それに静穏といったものには、著しい謙遜の念が加わっている。

 『非常に古い時代から、日本は中国やスペインといった国から大きな影響を受け、我々はこういった国々か
ら美に関して多くのことを学んだ。』

 日本の版画(浮世絵)がヨーロッパの近代及び現代の芸術の中で、ゴーギャンやゴッホに深い影響を与え
たことはよく知られているので、ヴァレンシアの芸術家たちがこの素晴らしい展覧会に足を運ぶのは当然であ
ろう。

 さらに、見学者は、40点の作品を印刷してある彼の作品集を妥当な金額で買うことが出来る。

 前田氏がこの記者に語ったところによれば、この展示が終わるとすぐに荷物をまとめてまっすぐに日本に帰
国するとのことである。
 これらの作品がスペインやヨーロッパの他の場所で展示されることなくこのまま帰国するのは、なんとしても
誠に残念なことではある。

                                                    FERNANDO ARIAS
 

※ ヴァレンシアの新聞 HOJA DEL ANO(1989.12.31)の記事より
HOJA  DEL ANO  1989、12、31


 前田 和 とは

 ヴァレンシアの人々のあいだには、なぜ国立陶芸館で今回の前田の展覧会が開かれるのかという疑問が湧くかもしれない。答えはしごく簡単である。私が7年ほど前から日本に住んでいるからである。私はヴァレンシア工科大学道路工学部の教職を去って日本の大学へ移り、日本在住の数少ないスペイン人の一人となった。北海道大学で私は前田のおば上に面識を得た。彼女は村崎恭子教授といい、アイヌ語の研究では非常に有名な人物である。



 今回の前田の個展開催にあたっていろいろ紆余曲折があった。面白くはあるが、問題もふくんでいた。ロマンティックであると同時に悲劇的でもあった。すべてを説明しつくすことは困難であるが、私はファウスト流に自分自身に対して契約した。わたしはわがヴァレンシアを日本に持って来たかったし、日本をヴァレンシアに持ち込みたかった。
ジョアン・レルマ州知事閣下の同意を得て、わたしは活動をはじめた。日本在住のわたしの母親からもヴァレンシア自治州のために尽力するよう求められた。というのも交渉の鍵はわたしが握っていたからである。まさに日本は日本以外の何ものでもない、大変興味深く、芸術的で、特色にみちている。

 
 このようなわけでこの展覧会は、館長のマリア・パス・ソレル氏の御尽力を賜り、日本とヴァレンシアの陶芸に関する交流をはかる目的で開催される運びとなった。

 前田とは何者か。イマージュの数々それ自体が語っている。陶芸とは何か、陶芸とはどうあるべきか等々。
これらの問かけが、われわれの内部に湧いてくることがある。しかしその解答は人間には見つけられない。
まちがいなくヴァレンシアと日本は陶芸において同じ心を共有している。芸術家である前田はここで、「自然」
という日本的概念の根幹をなすものを提出している。しかしそれは特別な草花の生い茂る自然ではない。
前田が戯れわれわれの前に示してみせるのは非常に素朴な草花である。野に遊ぶ人が、気にもとめない
ようなものである。これらの無価値な草花は、芸術家である前田の陶額において見るとき、洗練、優雅、す
ばらしい味わいを示すようになる。展覧会にはバラ、カーネーションなどの、世間一般の評価の高い草花は
ない。われわれが目にするのは、誰も顧みてこなかった草花である。

 前田という芸術家は修道士のようである。山の中、竹林やみかん園や田に囲まれた所で家族と一緒に
住んでいる。

 日本の陶芸の美を表現するためには、あるいは日本の芸術を理解するためには、重要な言葉を知ってい
なけれはならない。この言葉はたいへん古くからあるが、普通の日本人ですらその真の意味を知らない。
芸術家のみがその価値を認識できる。三つの言葉とは、「雅び」(洗練された優雅さ)、「侘び」(落ち着いた
味わい)、「さび」(優雅な素朴さ)である。

 日本はその偉大な歴史を通し、すばらしい文化を育んできた。それには二つの流れがある。ひとつは固有
のもの、もうひとつは西洋の源から発したものである。今回招聘した前田という芸術家を通じ、われわれは日
本の陶芸を理解する第一歩を踏み出すことができる。


                                                  ザビエル・ベルトメウ・ブライ


VALENCIA , INVIERNO DE 1990       HOGAR & LUS












展示作品一部


コンロンソウ
 

ラショウモンカズラ
 





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